2008年01月27日
雪景色
京も久しぶりに雪に見舞われましたね。 加茂川の上流、北区上賀茂の由緒ある京都最古級の上賀茂神社、正式には山城一ノ宮・賀茂別雷(かもわけいかずち)神社という。本殿・権殿は国宝、ご社殿は世界文化遺産で、伊勢神宮に次ぐ社格をもつといいます。そのご社殿も雪に覆われていました。

・・・寛永十四年(一六三七)の冬、京、「東に比叡山、西に愛宕山、昔、都大路を包むこの山々が高さ比べをしたそうな、怒った比叡山が愛宕山の頭をボコっとなぐってこぶができたんや。そのこぶの分だけ愛宕山が高いいうえ」「ふ~ん、てて様はなんでも知ってはる、ほんに物しりやなあ」と仁右衛門の話す京の言い伝えをうなづきながら聞く、お玉・十歳、その比叡山と愛宕山にも白雪が彩る季節となっていた。その日は、青物売りの父・仁右衛門と一緒に上賀茂や鷹峯といったところから仕入れた野菜を大八車に乗せて、振り売り(行商)のため洛中に向かっていた。このほかにも南は東寺の周辺や大原野あたりなどから今で言う京野菜を仕入れ、西陣や御所の周辺で公家の家人や武家屋敷の台所に売り歩いたり、堀川のほとりの自宅である小さな町家の前の通りに並べて売りさばいたりするのが父、仁右衛門の仕事である。・・・(本文 時代編)

・・・寛永十四年(一六三七)の冬、京、「東に比叡山、西に愛宕山、昔、都大路を包むこの山々が高さ比べをしたそうな、怒った比叡山が愛宕山の頭をボコっとなぐってこぶができたんや。そのこぶの分だけ愛宕山が高いいうえ」「ふ~ん、てて様はなんでも知ってはる、ほんに物しりやなあ」と仁右衛門の話す京の言い伝えをうなづきながら聞く、お玉・十歳、その比叡山と愛宕山にも白雪が彩る季節となっていた。その日は、青物売りの父・仁右衛門と一緒に上賀茂や鷹峯といったところから仕入れた野菜を大八車に乗せて、振り売り(行商)のため洛中に向かっていた。このほかにも南は東寺の周辺や大原野あたりなどから今で言う京野菜を仕入れ、西陣や御所の周辺で公家の家人や武家屋敷の台所に売り歩いたり、堀川のほとりの自宅である小さな町家の前の通りに並べて売りさばいたりするのが父、仁右衛門の仕事である。・・・(本文 時代編)
