2007年11月23日
京の紅葉 賀茂の社家 奈良の小川
・・・加茂川の上流、北区上賀茂の由緒ある京都最古級の上賀茂神社、正式には山城一ノ宮・賀茂別雷(かもわけいかずち)神社という。本殿・権殿は国宝、ご社殿は世界文化遺産で、伊勢神宮に次ぐ社格をもつ。境内を流れる賀茂川の源流からの水・奈良の小川が一の鳥居より出でて明神川となり、神社から深泥が池に続く道に整備された水路に流れ込み、その奥に賀茂の社家と呼ばれる神社の神官たちの邸宅群がある。西村家別邸など公開のものもあるが、この水を邸宅内に引き入れ、禊に使い、浄化してまたもとに返すという実にエコな昔ながらの工夫が今も続いている貴重な邸宅郡である・・・(本文 現代編)
西村家別邸

奈良の小川

賀茂の社家

・・・寛永十四年(一六三七)の冬、京、「東に比叡山、西に愛宕山、昔、都大路を包むこの山々が高さ比べをしたそうな、怒った比叡山が愛宕山の頭をボコっとなぐってこぶができたんや。そのこぶの分だけ愛宕山が高いいうえ」「ふ~ん、てて様はなんでも知ってはる、ほんに物しりやなあ」と仁右衛門の話す京の言い伝えをうなづきながら聞く、お玉・十歳、その比叡山と愛宕山にも白雪が彩る季節となっていた。その日は、青物売りの父・仁右衛門と一緒に上賀茂や鷹峯といったところから仕入れた野菜を大八車に乗せて、振り売り(行商)のため洛中に向かっていた・・・(本文 時代編)
西村家別邸

奈良の小川

賀茂の社家

・・・寛永十四年(一六三七)の冬、京、「東に比叡山、西に愛宕山、昔、都大路を包むこの山々が高さ比べをしたそうな、怒った比叡山が愛宕山の頭をボコっとなぐってこぶができたんや。そのこぶの分だけ愛宕山が高いいうえ」「ふ~ん、てて様はなんでも知ってはる、ほんに物しりやなあ」と仁右衛門の話す京の言い伝えをうなづきながら聞く、お玉・十歳、その比叡山と愛宕山にも白雪が彩る季節となっていた。その日は、青物売りの父・仁右衛門と一緒に上賀茂や鷹峯といったところから仕入れた野菜を大八車に乗せて、振り売り(行商)のため洛中に向かっていた・・・(本文 時代編)
Posted by 篠田ほつう at 19:35│Comments(0)
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